少額訴訟の利用


Posted on 2月 20th, by admin in 事件の窓から, 弁護士の目. No Comments

運送会社で運転手として勤めていたIさんは,急な下り坂でヘアピンカーブの道路をまがりきれずに電柱にトラックをぶつけてしまい,修理代32万円を発生させた。会社はIさんの給料から毎月3万円ずつの天引きを開始した。これではたまらないと退職したら,会社はその日までの給料全額を修理代と相殺するということで支払わなかった。

 そこでIさんが相談に見えたわけだが,まず会社は労働者の賃金から天引きしたり相殺してはいけないという労働基準法24条に違反している。すなわち、「労働者の賃金は、労働者の生活を支える重要な財源で、日常必要とするものであるから、これを労働者に確実に受領させ、その生活に不安のないようにすることは、労働政策の上から極めて必要なことであり、労働規準法24条1項が、賃金は同項但書の場合を除きその全額を直接労働者に支払わねばならない旨を規定しているのも、右にのべた趣旨を、その法意とするものというべきである。しからば同条項は、労働者の賃金債権に対しては、使用者は、使用者が労働者に対して有する債権をもつて相殺することを許されないとの趣旨を包含するものと解するのが相当である。このことは、その債権が不法行為を原因としたものであつても変りはない」のである(最高裁大法廷昭和36.5.31判決)。

 さらに、従業員が勤務時間中に起こした事故により会社が損害を被ったときは、当然にその全額を事故従業員に賠償請求できるものではなく、諸般の事情を考慮して損害の公平な分担という観点から信義則上相当と認められる限度でのみ請求できるに過ぎないとするのが判例の立場であるから(最高裁昭和51.7.8判決),会社には修理代全額をIさんに請求できる権利はなく,当該トラックのブレーキの利きが悪いことをIさんが事前に申告し、修理を依頼していたにもかかわらず放置されたこと等の事実からすれば、Iさんが負担すべき損害額はせいぜい3%くらいのものでしかない。

 そういうことを内容証明郵便で会社に通知して未払賃金29万円の支払いを求めたが,何の連絡もない。恐らく,こんな少額の事件で裁判まで起こされることはないだろうと高をくくっているのではないかと思ったので,やむなく未払分29万円の支払を求めて少額訴訟を提起した。

 少額訴訟は,訴額60万円までの金銭の支払を求める訴訟で,原則として1回1時間くらいの審理で結論を出す制度である。素人の方でも簡単に出来る制度として創設されたものであるから,あまり弁護士が付いてやることはないのだが,人前に出ると喋れなくなってしまうというIさんの頼みで,私自身が出頭した。

 実際の審理では出頭した会社社長が,裁判官から上記判例の説明と説得を受け,即時和解を申し入れてきた。当方は1万円を負けて28万円の一括払いで和解を成立させた。

 少額訴訟は,審理が始まるまでに,裁判所が1回で終結できるように事前準備をする関係で再三連絡をしてきて面倒くさいところもあるが,利用の仕方次第では便利な制度である。