これで良いのか,京都大学の公益通報


Posted on 2月 10th, by admin in 事件の窓から, 弁護士の目. No Comments

<研究費の不正経理が問題となっている>

  IPS研究の山中伸弥教授のノーベル賞受賞に沸いた京都大学であるが,その 数ヶ月前には研究費の不正経理で大学院薬学研究科の辻本豪三元教授が東京地検 特捜部に逮捕され,起訴されたことを忘れてはなるまい。
 辻本元教授の起訴理由は収賄容疑であるが,本丸は,機器を販売する会社から架空で,あるいは定価以上で機器を買い入れ,それを研究費で(つまり国民の税金で)いったん払う形を取り,その不正出金分をキックバックさせて会社に預 けておき,自分が私用に費消していた,いわゆる「預け金」問題だと言われてい る。その預け金もマスコミで報じられた金額だと3億円を超えているから,これが真実だったら,研究はすなわち錬金術なりと心得ているのかと文句を言いたく なる。

  この事件を受けての対策なのか,京都大学は平成24年10月に「研究費の適正管理について」というパンフレット(A4×36枚のカラー刷りである)を発行 した(インターネットで“京都大学”と“研究費の適正管理について”の用語で検索す れば,容易にアクセスできるので,是非見てほ しい)。いろいろな事例や場合をあげて研究費の不正使用になることを説明し警告しているのだが,その例示の多様さと懇切な説明には感心させられる。だが, 逆に言えば,それは研究者の不正利用が手を変え品を変えて跋扈していることの 反映にほかならないわけだから,慄然とする。

<平成22年に通報がなされた>

  京都弁護士会所属の有志の弁護士が,平成22年4月ころ,内部通報者の情報 を得て,医学部のある教授が研究費を不正取得しているとして,研究費を出している 文科省や京都府に調査依頼の通報をした。NPO法人を作って,そこに研究の一 部を下請けさせて利益をキックバックさせているという疑いであった。調査は京 都大学の監査室にまかされたようであるが,説明のできない60数万円の金を返 還させたものの,京都大学には他の独立の団体(NPO法人)まで調べる権限はないとして,そことの関係は全く不問に付されてしまった。

<新しく公益通報がなされた>

それから2年経ち,以前この教室に所属していた研究者A氏が,教室で行われていた研究費の不正使用について、教室で見聞した内容を証言したいと言って来られた。8月に京都大学より過去に大学で行われた研究費の不正使用について報告するように依頼があり、これを機として公益通報を行いたいという相談であった。
A氏によれば,教授は,自らNPO法人をつくり,知人を理事長に据え,教室員らを理事にした。もちろんNPO法人を実質的に動か していたのは教授である。そのやり方の概略は,たとえば公的資金を原資とする研究および調査教授業務の一部を当該NPO法人に請け負わせることにして,見積もりを出させる。その見積もりはNPO法人に所属する教室員などに作成させ,最終的には教授がチェックする。調査自体も教室員にアルバイトとしてやらせて,アルバイト料を支払っていた。教室員らはこれがNPO法人の仕事などと思わず,むしろ教授の指示によるので研究活動の一端かと思って手伝っていたよう である。しかし最も大きな問題は、NPO法人への委託費と作業をした教室員に対するアルバイト料の間に大きな差があることで、このマージンがどのように使われたかは不明である。
本来なら,外部委託研究費の使途明細はすべて京大事務局において管理する仕 組みになっているのだが,NPO法人を間に通すと,その部分は別人格法人の会計処理になるので大学当局の管理も監査も及ばない。NPO法人の監督は京都府が行うが,京都府は金の使い途の当・不当までは干渉しない。それ故,NPO法 人における請負金額の使途明細はすべていわば水面下に沈められて,誰も問題にしようがなくなってしまうのである。このように間にNPO法人を通すことによ って,教授は個人秘書ともいうべき理事長を指図して,管理・監査の及ばない金を自由に使う ことが出来るというわけである。
私たちは,A氏の説明を聞いて教授の研究費の府政取得に確信を持った。A氏の代理人として平成24年9月に京都大学に対して,教授について調査の上 しかるべき処置を執ることを求める公益通報をした。

<やる気のない監査室の対応と調査結果>

ところが,公益通報の窓口である監査室は,弁護士を代理人として通報するのはいかがなものかなどと言い出し,スッキリと受理しない。さらに,この公益通報について調査を開始するかどうかは20日内に知らせることになっているの で,公益通報書を預かっても受理したわけではないなどと言って,はじめからやる気がない態度を示していた。
幸いにして,調査開始の決定がなされたので,そのうち必ずA氏の聞き取り 調査が行われるであろうと大いに期待していた。A氏もようやく公の場で真実 を語ることができると喜んだ。私たち法律家の常識からすれば,不正事件のから くりを実際に見聞して知っているというA氏に事情を聞かないで、調査を終える ことも結論を出すことも考えられないからである。しかし,なかなか事情聴取の 連絡が来ないので,電話で催促すると,そのうち文書で連絡するというのであった。
それから1ヶ月ほどして来た文書は,「調査の結果、通報対象事実は認めら れませんでしたので、通知します」という結論だけしか書かれていず,添え書き として,「京都弁護士会からの申入書による調査結果における必要な是正措置等 が、講じられていることを申し添えます」と書かれていた。
「調査の結果」と言うが,先に述べたとおり肝心のA氏に対する事情調査をしないで何の調査をしたというのだろうか。ただただ唖然とするばかりである。さらに,添え書きは何を言わんとしているのか,さっぱり分からない。副学長の名前で発行した文書にしてはお粗末きわまりないのではなかろうか。敢えて善解すれば,前の申入書による調査の結果で是正が必要とされた点は是正されていると いうことであろうか。
だが,前に申し入れたのは弁護士有志であり,弁護士会ではない。この初歩的ミスは許せるとしても,通報の主体が今回と全く違うのだから,前の調査結果では何を是正するように求めたのかを具体的に明記していないのは許しがたい。

それを明らかにしないのでは文章の意味が全然通じないし,失礼である。そもそも,それ以前の問題として,A氏の通報は,前の調査で京大の調査権限が及ばな いとして調査の対象から除外されたNPOこそが,教授による研究費取り込み のスキームの一環なのだというものであるから,前の調査結果で必要とされた是正措置がとられたなどとわざわざ言ってくること自体が全くの見当違いなのである。申立の内容そのものさえ全然把握していなかったことを露呈している。

<本気で調査機関を作るべきだ>

京都大学の調査体制にも問題がある。監査室に配属された職員が調査をするだけで,特別の調査機関を設けているわけではなく,また大学執行機関のメンバ ーが調査委員になることもない(担当の副学長は最後に修文だけしかしないと明 言していた)。すべて職員任せである。その職員らに何の特別権限も与えていな いのだから,教授先生の不正を追及できるわけがない。質問に対する回答をその まままとめて調査と言っているだけなのではないだろうか。
本当に京都大学から研究費の不正経理を追放したいのであれば,外部から弁護 士などの専門委員を入れた独自の調査機関を設置して,妥協なく調査させるべき である。
先に述べた辻本元教授の不正経理も,京大の調査では何も問題なしというもの だった。通常ならそのこと自体を恥じて調査体制そのものを検討するものだが,京都大学ではそういう動きが全然見られないのは残念である。