うつ病慢性化の原因は社長のパワハラ
ある金融会社で営業部長を務めていたTさんは,業績が順調に上がっていた頃は社長の覚えもめでたかった。ところが,社長との間の意思疎通を欠いて顧客所有の不動産の登記簿謄本を多数あげたことを強く叱責されたことを皮切りに,強く不興を買うようになった。それからの社長はほとんど毎日Tさんを呼び出して,あるいは部下の前で面罵し,また些細なことを大仰に取り上げて懲戒処分を加えたり,降職して減俸にもした。平成15年12月の忘年会2次会では,社長に対する態度がなっていないなどと文句をつけて,弁解するTさんに激昂し,吸っていたタバコの火を頬に押しつけるという暴行も加えた。
Tさんは,会社に行くと強いストレスを感じるようになり,不眠,食欲不振などが続き,平成16年1月に精神科で診察を受けると,うつ病と診断された。ところが,休職に入ったTさんに対し社長は,会社に出てこいと命じるなど嫌がらせを続けた。Tさんは,うつ病が慢性化し,難治化してやむなく平成17年4月に退職した。
Tさんは,同年7月に会社を相手取って,うつ病の発症は社長のパワーハラスメントによるものだとして,うつ病にならなければこれまで得たであろう賃金とこれから3年間に得ることが出来たであろう賃金額を損害として賠償請求の裁判を起こした。
会社は全面的に争い,徹底抗戦してきた。
こういう事件では,大概の場合そうであるが,会社の仕返しを恐れてTさんのために証人に立って事実を証言してくれる社員がいないという困難さがあった。うつ病に苦しむTさんの孤軍奮闘のたたかいであった。しかし,精神科医の証言が得られたことが大きかった。
医師の中には,診療中の疾病について自分の患者が裁判をたたかっていても,これに非協力的で,そういう意味で患者を守ってくれない医師が多いが,Tさんの主治医は嫌がることなく,Tさんのうつ病の発症原因,慢性化した症状,予後などについて詳しい証言をしてくれた。
平成18年8月8日に言い渡された京都地裁判決は,社長のパワハラを一部認定したが,それがTさんのうつ病発症の原因とは認めず (うつ病は「心の風邪」で誰でもなりうるという点が妨げとなったようである) ,Tさんのうつ病を慢性化させたという事実を認定して,会社に対し損害賠償を命じた。
だがこういう一部認定では,認められた損害額も決して満足いくものではなかった。
ところが,この判決を受けて会社側代理人との間で急遽示談交渉が進み出し,判決認容額の数倍の金額で示談して,双方控訴することなく解決するに至った。
この結果を見ると,京都地裁判決がうつ病慢性化と社長のパワハラとの間に因果関係を認めた点は諒とするも,認容した損害額は会社が密かに覚悟していた金額よりも相当低かったのではないかと思われ,裁判所の損害感覚の低さを露呈しているようである。